『短篇五芒星』

煙か土か食い物』『阿修羅ガール』などで知られる舞城王太郎(まいじょう・おうたろう)先生の、平成24年度上半期、つまり今回の芥川賞候補作。先週、7月12日刊行。
舞城先生と言えば、『NECK』『魔界探偵 冥王星O』『巨神兵東京に現わる』『ジョジョの奇妙な冒険』など、様々なジャンルで幅広く活躍中ですが。
純文学の分野に限っても、過去、『好き好き大好き超愛してる。』と『ビッチマグネット』がそれぞれ芥川賞の候補作となるなど、高い評価を受けています。
それでは話を戻して、以下、『短篇五芒星』の感想です。
(なお、この『短篇五芒星』は、早くも電子書籍化されていて、各電子書籍ストアにて発売中です。)


(残りの35行、ネタバレあり)

福島が「ののん代わってよ〜脚本家なら絶対実体験したほうがいいよ」と僕に言うが、断る。「いや俺全体を見たいからさ」

暗闇の中で起こることはどうせ想像でしか書けないし、おそらく想像についてしか書けないし。

本作『短篇五芒星』は、以下の5つの物語から成っています。(上記引用は、そのうちの『四点リレー怪談』から。)

  • 『美しい馬の地』

ある時唐突に、やたらと流産のことが――理由も曖昧なまま、たぶん何もないまま、赤ちゃんが死んでしまう現象のことが、気になってしまった青年のお話。
主人公は次第に、ほとんど取り憑かれてしまったようになり、周囲の人たちや環境とか関係とかをムチャクチャに壊していってしまうのですが。
行き着くところまで行き着いて、ようやく友人たちの忠告の意味を理解するのでした。
僕は境内を歩き回っているが、どこにも水子地蔵はない。そもそも僕もそれを探しているわけではない。僕はその見事な建築と美しい庭を眺めて歩いているだけだ。

  • 『アユの嫁』

突然、お姉ちゃんが鮎と結婚してしまった、その妹のお話。「鮎」というのは文字通り、魚の鮎のことです。
もちろん意味が判らないのですが(笑)、実際に会ってみると、お相手は、人柄の良さそうな普通の人間にしか見えないし、お姉ちゃんも幸せそう。
とは言えそんな結婚生活に、何もないはずはなく――。
「ほやけど俺が思うに、これから確かにいろいろあるやろうけど、時間分しか物事は進まないし、時間分だけ物事は進むから、頑張っていくしかないわな、皆が」
何故ならまだ、何も決まっていないからです。本当に。

  • 『四点リレー怪談』

殺人事件の現場に閉じ込められ、犯人が捕まるまで脱出できない状況にある人々が、時間を持て余して、「四点リレー怪談」なる都市伝説の再現実験をするお話。
そこに、事件の推理が行き詰まった名探偵も加わって、「四点リレー怪談」の推理、と言うか解説が始まります。

「そうか……そりゃそうだ。暗闇の中の錯誤ね。はいはい。暗闇は明かりのない部屋ばかりにあるわけじゃない。人の心の中にもあるわけだ!人間と人間の気持ちのすれ違いこそ、目の届いていない、明かりのない、つまり暗闇なんだ!」

名探偵の馬鹿すぎる珍説も、実は意外と的を射ているようで面白いです。なぜならそれは、世界さえも内包する、宇宙のようなものだから――。

  • 『バーベル・ザ・バーバリアン』

鍋うどんに持ち上げられた、バーベルのお話。この「鍋うどん」と「バーベル」はどちらも渾名(あだな)です。
主人公はその後、なかなかに数奇な人生を歩むのですが。片時も忘れずに心の中にあったのは、実は、鍋うどんにバーベルとして持ち上げられた、その体験だったのでした。
でも鍋うどんの身体が壊れないのは、鍋うどんの気持ちが全てをまとめあげて、細胞の隅々まで、毛の先々まで全身全霊で俺を持ち上げることに集中しているからだ。
俺はバーベルだが、ある意味では鍋うどんだった。
受け入れ、全てを与えている。
主人公が抱いていた感情は、だから、鍋うどんの感情でもあったのかも知れません。

  • 『あうだうだう』

家庭の事情で東京から福井に引っ越してきて、そこで初恋をした女子高生のお話。ただしそこは舞城作品。同じクラスには、「悪い箱」と戦っている女の子がいたりします。
もちろん意味が判らないのですが(笑)、彼女によると、あれは多分神様みたいなもので、この世の悪いことの一部を司っているのだそうです。
「……?ほやけど、神様の話やで?あうだうだうのせいにはできんよ?」
「この世の成り立ちみたいなもんやで、そっちを原因にはできんってこと。ここで起こってることはここに原因があるんや。」


否認、怒り、後悔、悲しみ、無感動、そして再定義――。人は大切なものを失ったとき、典型的にはそういったプロセスを経て、その喪失を受容するのだそうですが。
そんな人間の、どうしようもない気持ちのすれ違い・行き違い・思い違いを、立体的に、哲学的に、描いたような感じの作品。

それにしても、と僕は思う。グルグルと回って混乱している中からポン、と在り得ないはずの、しかし必要とされていたものが出現する、というような……物語は、ときにこういう力を持つんだよな。

三度目の正直なるか? 第147回芥川龍之介賞の選考委員会は、本日、7月17日、午後5時からの開催です。