『M.G.H. 楽園の鏡像』

(先週は結局更新できませんでした。すいません!)
テレビアニメ化もされた『アスラクライン』『ダンタリアンの書架』などで知られる、三雲岳斗(みくも・がくと)先生の、第1回日本SF新人賞・受賞作。
三雲先生と言えば、先月、6月10日に、『ストライク・ザ・ブラッド』の第4巻が、そして先週、7月4日には、『幻獣坐』の第2巻が、それぞれ発売になっていますが。
ともにコミカライズもされている両シリーズのほかに、先月末、6月29日発売の『年刊日本SF傑作選 拡張幻想』にも、短編『結婚前夜』が収録されているようです。
それでは話を戻して、以下、『M.G.H. 楽園の鏡像』の感想です。
(なお、この『M.G.H. 楽園の鏡像』は、単行本、文庫版ともに、現在入手しづらい状況のようですが、すでに電子書籍化されていて、各ストアで発売中です。)


(残りの19行、ネタバレあり)

朱鷺任数馬:「SFを読む人間は、異世界という鏡を通して自分たちのいる世界を見る。そして、これまで見えなかった現実の姿を知る。その過程こそが、SFだけが可能にする普遍的な思考だ」

朱鷺任数馬:「情報は思考の源泉であると同時にその残滓だ。思考だけが、情報に価値を与えることができる。人間は思考によってのみ、無から有を作り出す神の領域に到達することができる。」

地球周回軌道上の宇宙ステーションで起きた、不可思議な死亡事故の謎を、偶然居合わせた主人公が、専門である材料工学の知識も活かしながら、見事に解明していくお話。
物語の舞台となる宇宙ステーションでは、その材料工学の研究も行われているのですが、主人公が偶然そこに居合わせたのには実は、研究以外の、別の理由があります。
そのあたりの経緯や、実際に宇宙ステーションにたどり着くまでの描写がまず、自然でリアリティがあって、すんなりとストーリーに入っていけました。
また、主人公(と言うか、作者の)人間観察・人物描写がいちいち鋭く、納得いくものだったのも、この作品を読み進めていくのに、大いに貢献していたと思います。
さて、そんなこんなで宇宙ステーションに到着した主人公たちは、目的の一つだった、研究施設の所長との面会を果たしますが。
材料工学の世界的権威であり、またSF作家でもある博士から、その際聞くことになるのが、上記引用のような内容です。
その後起きた死亡事故を、彼らなりに調査していく過程において、主人公は再び博士と連絡をとることになりますが。
「他の感覚と同じように、触覚もまた、人間の脳が作り出したただの幻覚に過ぎない。」「現実の世界もまた、見る者によって、捉え方は無限である」
そんな風に考える主人公に対し、「真実の生とは、虚構の中にしか有り得ない」「思考こそが真実」と、《彼》は語るのです。
そして、「事態を把握するのに必要なすべての情報は、すでに与えられていた」と言う、その《彼》との対話によって、主人公はついに事件の真相へとたどり着くのでした。

加藤優香:「そうね。凌さんは、人間の行動を粒子の動きにたとえているんじゃないかしらね。」

加藤優香:「そして犯人の動きは、それを見ている者の態度によって、大きく変動するってことじゃない?」

「触れるという行為で、自分が生きていることを初めて実感できる」「人が生きるということは、世界中の全てのものからの抵抗を受け続けるのと同義である。」
そんな考えに至る主人公が解き明かす、宇宙ステーションというクローズドサークルを舞台とした、不可解な連続殺人事件の驚愕の真相、トリック、犯人とは――。
宇宙ステーション、仮想空間、不確定性原理などのSF的な道具立てを、テーマ的にきちんと意味のある形で組み合わせた感じの、本格SFミステリー。
一般小説的に、わりとさらっと、そつなく書かれているようでいて、読めば読むほど味が出ると言うか、実はかなり作り込まれた作品のような気がします。
主人公のパートナーとして活躍するヒロインも魅力的ですし、あとがきによればほかにも事件の構想があるようなので、是非いつか描いてほしいです。