『太陽の簒奪者』

クレギオン》シリーズや、TVアニメ化もされた《ロケットガール》シリーズなどで知られる、野尻抱介(のじり・ほうすけ)先生の、第34回星雲賞日本長編部門受賞作。
野尻抱介先生と言えば、そうしたSF作家としての活動だけではなく、最近は、「尻P」というニックネームで、ニコニコ動画などでの活動でも知られていますが。
そんなニコニコ動画と「初音ミク」と宇宙開発を描いた、これまた星雲賞受賞の『南極点のピアピア動画』が、明日、2月23日に刊行予定となっています。
そちらのカバーイラストは、まさにその『初音ミク』などで知られる、KEI先生(ですよね?)。
それでは話を戻して、以下、2005年発行の文庫版『太陽の簒奪者』の感想です。


(残りの18行、ネタバレあり)

白石亜紀:「リングのことは何もわかってないに等しいわ。必要なのは知ろうとする態度よ。絵や彫刻だってそうでしょう。そこから何をどれだけ読みとれるか、ゴールはわからない。だのに、何も知らないまま破壊するなんて」
マーク・リドゥリー:「そうか」

マーク・リドゥリー:「努力してみるよ。そのほうが、人生は豊かだろうからね」

本作は、「第一部 太陽の簒奪者」と、「第二部 フィジカル・コンタクト」の、2部構成となっています。
まず第一部では、西暦2006年、突如として水星に現れた巨大な噴泉と、太陽をとりまくリングが、世界に衝撃を与えます。
日照の低下による地球環境の激変で、いまだかつてない危機に陥った人類は、ついに総力を結集して、リングの破壊に乗り出します。
続く第二部では、当面の危機を乗り越えた人類が、太陽系に迫り来る、異星文明の大船団との対話を試みますが、一方で、迎撃体制の必要性も叫ばれて……、といったお話。
プロローグとエピローグを除いても、2006年から2041年までという、30年以上もの長い期間を描いた作品ですが。
ドキュメンタリータッチと言うのか、客観的な描写の、短いシーンを次々とつなげていくような感じの文章で、話のテンポも良かったですし、読んでて緊張感がありました。
そしてそれも関係してると思いますが、宇宙開発や天文学などに基づいているらしいディテールに、すごくリアリティを感じました。気候変動とか、宇宙航行とかで、特に。
そうした現実感のある作品世界で、主人公の女性科学者たちが、人類の命運を賭けたミッションに挑む、しかも「有効な成果が出るなら帰還をあきらめる選択も」承知で。
その上でさらに……といった展開は、特にあの震災を経験した後では、本当に涙なしでは読めません。
第一部では、そんなリング破壊ミッションが中心になっていますが、第二部では、異星文明との対話の試みも物語の焦点になっていきます。
異星文明はなぜ呼びかけに応じないのか? 彼らの意図は? 目的は? そもそも一体、彼らは何者なのか?
そうした謎が、脳科学や認知科学進化心理学に基づいた形になっているのも、説得力があって良かったです。あの「決定的瞬間」には悲鳴を上げたくもなりますが(笑)。
あとがきに、「本書では地球外文明との最初の出会い、いわゆるファーストコンタクトを、可能な限り緻密に、逃げずに描こうとした。」とありますが。
本当にリアリティのある、映画的なドラマとスケール感、そして「地球外文明を鏡とした、現代のスケッチになりうる」というファーストコンタクト・テーマが両立してて。
カバー裏表紙の「新世紀ハードSFの金字塔、ここに屹立す!」という言葉が、あながち大袈裟でもない感じの作品でした。面白かったです。