『エスケヱプ・スピヰド』

これがどうやらデビュー作となる(?)、九岡望(くおか・のぞむ)先生の、第18回電撃小説大賞・大賞受賞作。今年、2012年2月発行。
早くもそのシリーズ第2巻が、(正式には6月10日発売ですが、その日は日曜日なので、)来週、6月8日にも店頭に並びそうということで、第1巻の方の感想を。


(残りの19行、ネタバレあり)

竜胆:「いかに崇高な思想であれ、それのみは何の力でもない。そして同じように、武器はただの道具でしかない」

竜胆:「思想や力のみを過信するな。意思のもとに行動する自身こそを信じろ」

大きな戦争を終えた後の、日本を思わせる架空の国の、ある都市を舞台に、兵器として生きてきた少年が、人間の少女と出会い、かつて師であった男と戦うお話。
この「兵器として」というのは、割と文字通りの意味で、故郷で空襲にあい、瀕死の状態だったところを、その適性を見出され、機械化されたという経緯になっています。
さらにそれは、ただの「機械化」ではなくて、巨大な《虫》型の機動兵器と融合することにより、通常兵力を圧倒的に上回る、戦略級の戦闘兵器となるものです。
そんな超高性能兵器である主人公も、都市を廃墟に変えた戦争が終わり、その使命を失うなか、突如、師である同型兵器の攻撃を受け、深刻なダメージを負ってしまいます。
一方、戦争を生き残った人間たちは、閉鎖され孤立した街で、暴走した機械兵の脅威に怯えながら、外部と接触するための探索活動を続けていますが。
そんな最中、ヒロインが、自動修復中の主人公を偶然発見し、紆余曲折を経て、《虫》型機動兵器の修理・整備と、人間たちの護衛を取り引きする、一時的な協力関係に。
しかしそれも、通信設備の修理が終わり、「都」からの補給・救援が伝えられ、また、《虫》の戦闘能力と戦況判断の要となる、その電脳の復旧が完了し、転機を迎えます。
主人公、そしてヒロインたちの前に、再び立ちふさがる、かつての師。彼は何故に、確かに正気を保ったまま、いまだに戦い続けるのか?

可児:「戦い、だと? ……これ以上、何と戦うつもりだ。戦争はもう終わったんだぞ! ここを守る意味も尽天に拘る意味も、もうどこにも無い筈だ!」

竜胆:『意味など、笑止。戦って死すことこそが自分の本懐であります。それ故に生きてきた身の上なれば、いずれはそれ故に果つるが道理――それが、この竜胆の唯一つの決定事項』

誰よりも速く詳細に全てのものを認識する能力と、強靭な意思とによって、最強となり、たった一機で、確固たる意思で自身と敵対する何者かを待ち続けていた男と。
彼に一旦は敗れたものの、ヒロインたちと出会い、共に過ごすなかで、自らの存在意義・戦う理由について、迷い、考え抜いた少年と。
かつて女中として仕えた恩人の、「生きろ」という言葉だけを頼りに、生きていく意味を見出せないまま、ただ必要とされたい一心で働き続けてきた天涯孤独の少女と――。
あとがきに、「そもそもこの物語は、自分の嗜好を全部乗せでやっちゃおうと踏み切った趣味丸出し極まる作品。」とありますが。
そんな執筆方針と何気にリンクしているようなメッセージを、さまざまな対比関係を駆使しつつ、また、先行作品へのオマージュ的な部分も交えながら、描いた感じの作品。
特に、「秘策」のアイデアも秀逸なラストバトルがそうですが、戦闘シーンも熱く、臨場感があって、読ませます。
冒頭の通り、シリーズとして今後も続くようですが、この第1巻だけでも一通りまとまっていて、大賞受賞も納得の、完成度の高いエンターテインメント作品でした。