『約束の方舟』

『クジラのソラ』『白夢』シリーズなどで知られる、瀬尾つかさ(せお・つかさ)先生の作品。ハヤカワ文庫JAより、今年7月に、上・下巻同時発行。
瀬尾先生と言えば、今年9月に、一迅社文庫富士見ファンタジア文庫から、『征王の迷宮塔』第2巻と『調停少女サファイア』第2巻が、揃って発売されていますが。
今週末、12月17日には、一迅社文庫より、『魔導書が暴れて困ってます。まぁ、どうしよう!?』(……ダジャレ!?)が発売ということで、以下、『約束の方舟』の感想です。


(残りの16行、ネタバレあり)

「この船の樹木は、やっぱり生きがよくないんです。土の中の微生物に、地球ほどの多様性がないんですね。そもそも植物の根というのは、いろいろな菌類と共生し、繁茂します。」

「……本物の大地は、全然違うものなんですよ。もっとずっと生き生きとしていて、力強いんです。そこで取れたトマトは、きゅうりは、ナスは、大根は、とってもとってもおいしいんです」

太陽系から遠く離れた植民星へと向かう、多世代恒星間航宙船が舞台のお話。
百年に渡るその旅の途上で、突如として出現したゲル状知性体・「ベガー」(要するに“スライム”?)と、戦争状態に陥った船の人々は、多大な損害を被りますが。
なんとかベガーとの意思疎通に成功し、和解することで終戦に至ります。
そして、そうした戦争の後に生まれた主人公の少年が、ベガーのことが大好きな少女から、予期せぬプロポーズを受けて、ストーリーは幕を開けます。
戦争での人的・物的被害のため、船では子供たちもいろいろな作業を分担していますが。その際に大きな助けとなるのが、今では一転して人間のよき友となったベガーたち。
子供たちはベガーと「シンク」(“sink”?)して――ベガーの中に入り込んで、「ひとつになる」ことによって、真空中でも活動できるようになるのです。
そんな風に子供たちがベガーと強い友情で結ばれる一方、大人たちの中には、戦争の記憶と、過去にあったシンク中の死亡事故が原因で、未だにベガーを恐れ憎む者も多く。
そうした船内社会で、困難に立ち向かい成長する主人公の、十二歳、十五歳、十八歳の時の、誕生日から始まる一週間を、この物語は主に描いています。
船がギリギリの、たいへんな時期にあることもあって、主人公たちがひたむきに向上心を持って努力する姿と、お互いを思う気持ちが、とてもまぶしく、切ないです。
それぞれがそれぞれの立場・考えで行動していく中で、船は目的の星へと近づいていきますが。そんな折、ベガーに関する、新しい事実が明らかになって――。

「マザーは選別をしない。共にいこう、共に歩こう、そういうだけ。切り捨てない。変化する、それがマザーの本質」
「あなたは……いや、そんな、まさか……」

ベガーを一つのメタファーとして、異なる意見の対立を、粘り強い取り組みで乗り越えていく物語でもあり。
また、人間とは異なる思考形態を持つ、ベガーとのシンク(“think”?)を通して、大切な人との別れを受け入れていく物語でもあるように思います。面白かったです。