『かめ探偵K』

昔から「鶴は千年、亀は万年」などと申しまして、亀というのは大変に長寿でおめでたい生き物として……なんて、少し落語っぽい(?)出だしで始めます今回の作品は。
今年5月に刊行された、北野勇作(きたの・ゆうさく)先生の『かめ探偵K』です。
北野勇作先生と言えば、SF作家でもあり、落語作家でもあり、舞台役者でもあり、トランペット奏者でもあるという、実に多才な方ですが。
SF作家としてだけでも、日本SF大賞を受賞した『かめくん』をはじめ、今年の星雲賞・日本長編部門(小説)参考候補作にもあげられた『どろんころんど』や。
先月、8月26日に発売された『きつねのつき』など、多数の著作があります。
おととい、9月19日は敬老の日、9月15日から本日21日までは老人週間、ということで、そんな時期にぴったりな作品(?)、『かめ探偵K』の、以下、感想です。


(残りの24行、ネタバレあり)

というわけで、これを書くにあたってわたしが心がけたのは、何よりもそのことなのです。
大きく振りかぶらないこと。
だって、しょせん小さい説ですからね。
そりゃ、必要ならば世界だって書きましょう。でもその世界だって、結局は小さいんですよ。

主人公は、ちょっと気の弱い、そしてぼやき癖のある(二十歳前後の?)女性。
彼女は「旧世界座」という博物館の管理人をしているのですが、その「旧世界座」の屋根裏部屋には、二本足で立ってしゃべる、亀の探偵が事務所を構えておりまして。
その助手及び記録係兼語り手として、亀探偵の活躍を、彼女が新聞の連載小説として書く、といった形式のお話。
もちろん、探偵には職業上の守秘義務がありますから、実際にあった事件をそのまんま書くわけではなく、「ぼやんぼやんにぼやかして」書くのですけども(笑)。
さてこの作品、まず作品世界が、不思議で変わっています。
何が起こったのかはわかりませんが、いちどクラッシュして失われてしまった「旧世界」を、復元・再構築してできた「新世界」というのが、物語の舞台になります。
そこには、旧市街と新市街があったり、やたらと枝分かれした商店街があったり、街が立体的に絡みあって多層構造を形成していたり。なんだか意味深です。
一方、登場人物は、わりとストレートと言うか、素直にキャラが立っていて、個性的。
主人公は、ぼやきキャラっぷりが板に付いてますし、亀探偵も、どこかとぼけたところはありつつ、でも根は真面目そうで好感が持てます。
あと、その亀探偵となにやら「わけあり」らしい、十歳くらいの生意気盛りの女の子も良いです。彼女の「おいしいところは絶対に逃さない」立ち回りは見物ですし。
また、そんな面々が繰り広げる掛け合いも、もちろん楽しいものになっています。
で、そうした毎日のなかで、熾烈な企業間競争を戦う会社員が遭遇した、奇怪で不可思議な事件や。
周囲の人々の期待に応えようと頑張りすぎて起こってしまった、主人公自身も巻き込まれることになったある事件の謎の解明が、亀探偵の手に委ねられます。

こうして、亀探偵Kの推理によって、依頼者のスズキさん、そして同僚である彼らは、ずっと探し続けていたものを見つけることができたのです。
ずっと探し続けてきたもの。
そう、自分たち自身を――。

古来、中国などには、背中の甲羅を天球に、おなかの甲羅を大地として、カメを宇宙の縮図、象徴とみなす考え方もあるようですが。(参考:Yahoo!百科事典・「カメ」)
亀が甲羅を乾布摩擦したり、天日干ししたり。甲羅の中で推理をしたり、夢を見たり。呑気で平和な、どこか懐かしい不思議な感じのする、この作品。
何かとストレスの多い現代社会、ちょっと疲れて、亀のようにのんびり・ゆったりしたいと思ったときなどに、心穏やかにしてお楽しみください。
人間が処理できる情報・世界なんていうのは、たかだか、このちっぽけな頭に収まるサイズでしかないんですから。心身に支障を来すまで、ご無理なさいませんように――。