『陽の鳥』

この夏、「スタート! 夏☆電書」キャンペーンと銘打って、『空の境界』や『NO.6』など、講談社の人気作・話題作が続々と、電子書籍としてリリースされたのですが。
こちらも、そんな作品のうちの一つです。
もともとは、講談社の文庫情報誌『IN★POCKET』に連載されていた作品で、今年5月に、改題・大幅な加筆修正の上、単行本化。そして今回、電子書籍化されました。
作者の樹林伸(きばやし・しん)先生は、漫画原作者として複数のペンネームを持ち、『金田一少年の事件簿』『神の雫』など、数々のヒット作を手がけられていますが。
『ビット・トレーダー』『クラウド』といった小説や、その他の著作もあります。
それでは、以下、電子書籍版『陽の鳥』の感想です。


(残りの20行、ネタバレあり)

名嘉城数矢:「そういうことか。『灰』を『胚』にかけて……」

沖田森彦:「そういうことだ。『P因子』の『P』は、不死鳥――フェニックスの頭文字だよ」

主人公は医師で、クローン技術の研究者。ついに世界で初めて、ヒト体細胞クローン胚の樹立に成功した矢先、愛する一人息子を、不幸な事故により失ってしまう。
警察の霊安室で遺体と対面した彼は、悲しみに沈む最中、悪魔の誘惑とも言うべきひらめきで、死んだ息子を秘密裏に、クローン技術で甦らせようと思い立つ……!
イギリス・エジンバラの研究チームによる、世界初の体細胞クローン羊『ドリー』。京都大学山中伸弥教授の研究グループによる、人工多能性幹細胞『iPS細胞』。
クローン技術や、それを応用した再生医療が、現実のニュースでもたびたび話題にのぼりますが。クローンというのは、フィクションなどでも、よく題材になっています。
先週の「金曜ロードショー」は、『ルパン三世 ルパンVS複製人間』でしたし、最近の作品では、唐辺葉介先生の待望の復活作『ドッペルゲンガーの恋人』もそうです。
そのほか、変わったところでは、クローン技術による肉体再生を絡めて、渡辺浩弐先生がTwitter上で、「死ぬのがこわくなくなる話」というのを連載中です。
ともかく、常識的には、クローン胚を子宮に移して、普通に出産・子育てしても、経験や記憶といったものは引き継げませんし、生まれてきた子供も全くの別人格です。
それは主人公も分かっているのですが、それでも、遺伝子は同じで、姿形も瓜二つの今の我が子に、死んだ息子の面影をつい探し求めてしまう毎日。
ところが、そんな我が子が日増しに、亡き息子の記憶を受け継いでいるかのように振る舞い始めて……。な、なんだってーー!!(笑)
読んでみて、まず思ったのは、大学の日常や日々の暮らしの描き方が、良いなぁ・上手いなぁ、ということ。
ちょっとしたディテールから、場面全体へと描写を広げていくようなやり方で、無理なく物語に入り込めました。
あと、『ヒーラ細胞』やワインの話も織り交ぜて、キャラクターを立体的に構築しているのも、さすがという感じ。
わりと長編だと思いますが、各段落はほど良い長さでまとまっていて、文章のテンポも良く、スルスル読めました。
さて、ストーリーは、我が子が、死んだ息子の歳を迎える間近になって急転回。主人公のもとに、昔の事故は、実は殺人事件だったかもしれない、と言う刑事が現れて……。

沢木竜助:「人間ってやつは、心に支配されてる生き物なんだ。そこが動物と大きく違う。何か思い込んで生きていると、どうしたってそっちのほうに進んでいっちまう。」

現実というのは、立場や見方によって、がらりとその様相を変える、その場限りの逐次的な、「偶然」の連なり・「偶然」の産物なのだから――。
遺伝子工学や不妊治療といった医療関係のトピックを、さりげなく、分かりやすい説明も交えながら、巧みに組み合わせたメディカルサスペンス作品。
特に、クローン計画を実行する第二章や、解決編となる第五章は、手に汗握る、と言うか、本当にハラハラ冷や冷やさせられました(笑)。面白かったです。