『マルドゥック・スクランブル』

いよいよ今週末、11月6日から、劇場版アニメ『マルドゥック・スクランブル 圧縮』も公開される、冲方丁(うぶかた・とう)先生の2003年の日本SF大賞受賞作。
冲方先生と言えば、今年は、初めての時代小説『天地明察』が、第31回吉川英治文学新人賞などを受賞し、第143回直木賞候補作にも選ばれていましたが。
ほかにも、それぞれマンガ化もされているライトノベル、『オイレンシュピーゲル』と『スプライトシュピーゲル』の両シリーズや。
冲方丁最後のライトノベル」と銘打たれた、『シュピーゲル』シリーズ完結編、『テスタメントシュピーゲル』も刊行中ですし。
2004年に「文芸統括」として関わったアニメ『蒼穹のファフナー』の新作、『蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH』も、12月25日からの劇場公開が決定しています。
さて、話を元に戻して、小説『マルドゥック・スクランブル』についてですが。本作には3つの異なるバージョンが存在しています。
前述のように、日本SF大賞を受賞した、2003年発行の文庫版『マルドゥック・スクランブル』全3巻と。
2010年9月発行の単行本・ハードカバー版『マルドゥック・スクランブル [改訂新版]』全1巻と。
2010年10月発行の文庫版『マルドゥック・スクランブル [完全版]』全3巻です。
2010年の改訂新版と完全版は、単なる新装版にとどまらない書き直しが施され、改訂新版と完全版の間にも、文章構成上の違いがあるようで。
それぞれの詳しい相違点は、冲方先生の公式ブログ(2010年10月1日付け)や、早川書房のニュースリリース(2010年10月05日付け)などにまとめられています。
実は劇場版アニメ公開にあわせて読もうと、2003年の“無印”版全3巻を買ってあったんですが。せっかくなので今回は、2010年の完全版全3巻の方を読んでみました。


(残りの25行、ネタバレあり)

アシュレイ・ハーヴェスト:「偶然とは、神が人間に与えた中で、最も本質的なものだ。そして我々は、その偶然の中から、自分の根拠を見つける変な生き物だ」

とある陰謀により命を落としかけた少女が、科学技術により生み出された「万能道具存在」たるネズミとともに、過去と向き合い、それを乗り越えていく……、というお話。
上記の引用は、主人公たちがその陰謀の真相を追って訪れたカジノにおいて、最強のディーラーが語る台詞ですが。
「ある過程で、どうしてもカジノのギャンブルという要素が外せなくなった。」と、『マルドゥック・スクランブル』“無印”版の後書きにあるように。
ルール、偶然、選択、価値、意味、流れ、必然、などなど、この作品全体のキーワードが、このカジノシーン部分に集約されているように思います。
ほかにも、主人公たちと敵側との、過去における共通点とか、あるいは逆に、過去に対する姿勢の違いとか。
さらには、「卵」や「殻」といったモチーフの多用や、韻を踏んだ英語の言い回しなど。
丁寧に読めば読むほど、そういう伏線や相似や対比といった関連性が、作品のあちこちからあふれ出してくるようで。
文中の言葉にひっかけて言えば、“説明義務と応答責任”に徹底的にこだわった感じの、本当によく作り込まれた作品だと思います。
そして、この『マルドゥック・スクランブル』自体は、主人公の少女の「喪失と再生」の物語として、きっちりまとまっているんですが。
その物語を支え、でもそれだけにはとどまらない、スケールの大きな、骨太の世界観もとても良いです。
特に、科学技術の有用性を巡って、さらには都市原理における優劣を巡って並び立つ、3つの勢力。
戦争で使用され、甚大な被害を生んだ科学技術を危険視する社会に対し、「全研究の、永遠の閉鎖」というかたちで応える、禁じられた科学技術の誕生の地・「楽園」と。
マルドゥック・スクランブル」という人命保護を目的とした緊急法令によって、科学技術を民間で活用し、その社会的有用性を証明しようとする、主人公たちの集団と。
「様々な技術を用いて市民に娯楽を提供する」という名目で、都市の娯楽産業をはじめ、マネーゲームを牛耳る連合企業・「オクトーバー社」。
なかでも、「楽園」の最高管理者は、「この楽園は、いつか必ず人類の新たな社会モデルになる。」とまで言うだけあって、発言がすごく面白いです。
「だが我々は、いわば役を仕込まれていない役者のようなものだ――」とか、「価値はあるのではない。創り出すものだ――」とか。
あんまり引用しまくるのもアレなので、この続きは実際の作品でお楽しみください(笑)。
カジノにおいて「論理」と「全体的な文脈」の相互作用を学び。さらに「自分の価値」に挑戦し続ける主人公が、宿敵との闘いの末にたどり着いた「最後の希望」とは――。
カジノシーン執筆時に、作中の勝負にのめり込むあまり、実際に反吐を吐きながら作者が見つけたという「精神の血」の輝きが、まさに詰まった作品だったと思います。
劇場版アニメ『マルドゥック・スクランブル』は、全三部作として、来年以降、第二部、第三部と、もちろんまだまだ続きますし。
大今良時先生による漫画版『マルドゥック・スクランブル』も、最新第3巻まで刊行中ですし。
マルドゥック・スクランブル』続篇にして前日譚の、『マルドゥック・ヴェロシティ』も、来年くらいに改訂版が出るなんて話もあるようですし。
シリーズ完結篇にして後日譚の、『マルドゥック・アノニマス』も、来年以降に刊行予定で動き出していますし。
この『マルドゥック』シリーズからは、これからも本当に目が離せません。