『Self-Reference ENGINE』

オブ・ザ・ベースボール』で第104回文學界新人賞を受賞し、第137回芥川賞候補にもなった円城塔(えんじょう・とう)先生の、第28回日本SF大賞候補作。
円城先生と言えば、先月発表のあった第23回三島由紀夫賞では、『烏有此譚』が候補作品となりながらも惜しくも受賞は逃しましたが。
去年、「読むバンダイビジュアル YOMBAN」でウェブ連載されていた『ホワイトスペース』や。今年1月刊行の『後藤さんのこと』など。
SF・純文学・ライトノベルといったジャンルを越えて、精力的に活動されています。
そんな円城先生の、今年2月に発行された文庫版『Self-Reference ENGINE』の、以下、感想です。


(残りの15行、ネタバレあり)

互いに検証されたと信じる自分の主張を述べ合ううちに、彼らは全員がただ自分の内面を吐露しあっているだけであることにやがて気づいた。

ストーリー、あるいは構成としては。ある日突然、時空構造が粉々になってしまって。無数の宇宙が瞬時に生成されて。
物事の連続性・継続性といったものがあてに出来なくなった世界で繰り広げられる、さまざまなエピソードをつづった、連作短篇集的な作品です。
なんですが、最初の方はそういう説明もほとんどなくて。なんだか不条理系の幻想文学みたいな感じで。それでもなんとか、振り落とされずにしがみついて読んでいくと。
第05章「Event」で、やっぱりSFなのかと、一安心(?)して。第09章「Freud」で、いろいろ吹っ切れて大笑いして。
第10章「Daemon」で、巨大知性体ユグドラシル萌え(笑)ってなって。そこで前半・「第一部:Nearside」は終わり。
そして続いて、後半・「第二部:Farside」が始まるわけなんですが。構成的に後半は、ほぼ投げっぱなし(?)だった前半の各章に、オチがついていくのかと思いきや。
前半同様、微妙にそれぞれ、関係あるんだかないんだかのエピソードが続き。それでも一応、収束らしき形を見せて、エピローグを迎えます。
硬軟両様・緩急自在な各エピソードからなるこの作品は。様々なイメージを、単にコラージュしてみたものなのか。隠された、確固とした、何か筋道があるものなのか。
あるいは、一貫性なく・とりあえず、つぎはぎしたものがまさにそれ、ということなのか。自分にはちょっと判然としませんでしたが。
内容としては、人間の意識について、あるいは作者の哲学について、語っているように思えました。
でも、そんな切り口の読み方よりも。作者の小説というものに対する姿勢から論じた、批評家・佐々木敦先生による巻末解説の方が、ずっと良いと思います。
実際そんなことがあったかどうかはともかく。作品の構造を・本質を、生成論的によっぽどうまく言い当てている気がしますし。そしてまた、作品解釈としても美しい。
つまり、「「彼」はある時、ふと突然に、たとえば次の文章を書いてみたのだ。「それから彼女には会っていない」、と。」
分かりやすいお話ではなかったですが、不思議な味わいに満ちた、とても面白い作品でした。