『象られた力』

飛浩隆先生の第26回日本SF大賞受賞作。「ベストSF2004」国内篇第1位。
飛先生と言えば、『S-Fマガジン 2010年2月号』より、『零號琴』の連載がスタート。
「ベストSF2006」国内篇で第1位だった、「廃園の天使シリーズ」第2章・『ラギッド・ガール』の文庫版も今月発売されています。
カバー裏表紙の内容紹介に「初期中篇の完全改稿版全4篇を収めた傑作集」とありますが、まさにその通りの、とても面白い作品集でした。


(残りの24行、ネタバレあり)

それは(たしかに筆者の個人的感情なのだが、また同時に)われわれシジック学者がひとしくいだく、ある根源的な不安なのだ。平明な言葉で言えばこうなる――「このパズルには正解があるのか?」

小説やマンガや映画を見ていて、ふと不安にかられることがあります。果たしてこの作品には、一貫したテーマとか伝えたいメッセージなどが、本当にあるんだろうか、と。
しかしそれはなにも、狭義の“物語”に限った話ではないのです。
さて、本作品集には、『デュオ』『呪界のほとり』『夜と泥の』『象られた力』の、全4篇が収められていますが。
それらに共通してまず言えるのは、巻末の解説(「「伝説」からの帰還」)にもあるように、文章のイメージ喚起力がすごい、ということです。
たとえば、『象られた力』にある、依頼主との(2度目の)会食のシーンとか、『呪界のほとり』の、小さな竜が瞬膜を下ろすところとか。
ちょっとびっくりするくらいに、ありありと頭に思い浮かんできて。知らない間に脳をハッキングされたんじゃないかと思えるほど(笑)。
あと、共通と言えば、どの作品も、集合的無意識あるいはミーム的なものがモチーフ(の一つ)になってるのかな、と。使われ方や強弱は、それぞれずいぶん違いますが。
中でも特に、表題作である『象られた力』は、それをさらにひねってあって、と言いますか。
最初読んでて、ちょっと違和感があったんです。SFとして、この作品集のそれまでの文章と比較して、やや荒唐無稽にすぎるんじゃないのか、と。
でも、もしかしたらそれは違っていて。大がかりな“反転”が、まさに行われていたんじゃないのかな、と。
内容としては、忽然と姿を消した惑星の、「見えない図形」探しを依頼された主人公が、それをきっかけにして恐るべき災厄に巻き込まれていく、というお話。
複数の登場人物の間で、次々と視点が切り替わり、また、ストーリー自体も、二転三転して予想外の展開を見せますが。
眼差しによって事物を犯し、また逆に事物に犯されるもの。地平線が収斂していく場。「かたち」と「ちから」が、言葉通りの意味を持つ世界。

ある男はこう答えた。「わたしたちは自分じしんに騙されているのかもしれません」と。

そんな、“ヒトミ”の奥の小宇宙、を描いた作品なのかなと思いました。非常に手が込んでいて、とても面白かったです。
それから、『呪界のほとり』。
上述のように、「竜」が登場するなど、一見、ファンタジーっぽいですが、実はコテコテのSF。
内容としては、「呪界」と呼ばれる世界からはじき飛ばされた主人公が、運良く、とある老人に助けられて……、というお話。
「こうしたいくつかの術は、呪界とわれわれとのあいだで長年かけて定着した慣用句のようなものだから」など、設定の立て方がすごく面白くて。
収録4作品中、最もコミカルな雰囲気の作品でもあり。
あとは適当なヒロインさえ用意すれば、テレビアニメの設定としても十分使えそうな感じ。
巻末解説に「作者によると当初はシリーズ化も目論んでいたそうで」とありますが、それもなるほどと思える作品でした。
残りの『デュオ』と『夜と泥の』も面白かったです。