『あなたの人生の物語』

テッド・チャン先生の、2003年発行(原書は2002年刊行)の作品集。浅倉久志先生・他・訳。
ヒューゴー賞ネビュラ賞ローカス賞といった名だたるSF賞を受賞した、8篇の作品が収録された傑作集です。
テッド・チャン先生と言えば、そうした錚々たる受賞歴に比べ、非常に寡作な作家として知られているわけですが。
今年7月に刊行された最新作、「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」が、明日、11月25日発売の『S-Fマガジン 2011年01月号』に、一挙掲載されるようです。
それでは、以下、本作『あなたの人生の物語』の感想です。


(残りの18行、ネタバレあり)

とはいえ、どんなキャラバンも本来はひとつの旅であり、ある場所からはじまってべつの場所で終わるのだ。この町も永住の場所として作られたものではなく、何世紀もかかる長い旅の一部にすぎない。

古代バビロニアにおいて、〈バベルの塔〉がついに完成し、いよいよ「空の丸天井」に穴を開けるため、鉱夫たちが登っていく……、といったストーリー。
何気ない文章が、不意に深い意味を帯び始める、そんな瞬間にゾクゾクします。
バビロニア人の死生観が実際どうだったのかは知りませんが、生まれ変わりなども思い起こさせるような、とても面白いお話でした。

  • 「理解」公手成幸先生・訳

画期的な新薬による治療で、植物状態から回復した患者が、予想外の知能向上を見せ始めて……、といったストーリー。
スリルとサスペンスに満ちた展開と、加速していく世界認識がすごく面白いです。
どれだけメタ視点に立っても、外側から見れば、すべて自意識として回収されてしまう、みたいなお話かなと思いました。

  • 「あなたの人生の物語」公手成幸先生・訳

地球を訪れたエイリアンとコミュニケイションするため、言語学者たちが、「それら」の言語を習得しようとするのだが……、といったストーリー。
過去や未来の出来事を、細切れに、順番をシャッフルさせて並べる、独特の文章構成と。
“自分の”ではなく、“赤の他人の”でもなく、“あなたの”「人生の物語」という絶妙な距離感が、非常に効果をあげていると思います。
「変分原理」という言葉、“くくり方”については、自分は不勉強で知りませんでしたが、「それら」の認識様式については、また別の連想が浮かびました。
ニューラルネットの平衡状態とか、あるいはまた、“構造”を考えるときには、時間軸は無効化もしくは相対化されるとか、そんなようなことを。
人間にそういう生き方は出来ないし、しないと思いますが、不思議と心惹かれるお話でした。
その他の作品も面白かったですが、この表題作、「あなたの人生の物語」が飛び抜けて良かったです。
あとそれから、テッド・チャン先生の素晴らしい発想の一端がうかがえる「作品覚え書き」や、SF翻訳家の山岸真先生による巻末解説も、非常に興味深い内容でした。