『言の葉の庭』

秒速5センチメートル』『星を追う子ども』などで知られる、新海誠(しんかい・まこと)監督の最新作。先週、5月31日よりロードショー。
原作・脚本・監督:新海誠、作画監督・キャラクターデザイン:土屋堅一、美術監督:滝口比呂志、制作:コミックス・ウェーブ・フィルム


(残りの23行、ネタバレあり)

雪野百香里:「いいの。どうせ人間なんて、みんなどっかちょっとずつおかしいんだから」

靴職人を目指す高校生が、ある雨の朝、いつも立ち寄る公園で、年上の女性と出会い、約束もないままに、雨の日だけの逢瀬を重ねていくお話。
物語はちょうど今頃、新緑の季節に始まります。新海監督の作品はいつもそうですが、今回もまず、色彩・背景がすごくきれいです。
ハイライトに映り込む草木の緑や、奥行きのある広々とした日本庭園、そして夕立、天気雨など、さまざまに降る雨とその滴の表現が、作品を情感豊かにしています。
アニメポータルサイト・AniFavの、新海誠監督インタビューなどを読んで驚いたんですが、かなり細かいところまで監督自身がコントロールして、作られているみたいです。
さて主人公は、雨の日の午前中だけ、要するに学校をさぼって、その公園に来てるのですが(笑)。社会人らしきその女性は、そうそう仕事を休めるはずもなく。
ストーリー上は、そのあたりの彼女の事情が、徐々に明らかになる一方で、主人公は、そんなこととはつゆ知らず、次第に彼女に惹かれていって。
予告篇でもちらっと出てきますが、女性用の靴を作るという名目で、彼女の素足を採寸する、フェティシズムを感じさせるような、ちょいエロなシーンもあります(笑)。
そんな風に、梅雨の間は順調に、逢瀬を重ねる二人ですが。梅雨が明け、夏が来ると、晴れて会えない日が続き、季節はいつしか9月になって、物語は転換点を迎えます。
この作品のキャッチコピーは、「“愛”(あい)よりも昔、“孤悲”(こい)のものがたり。」ということになっているようですが。
『言の葉の庭』公式サイトからもリンクのある、新海誠監督のサイトの記述によると、「孤悲」というのは、“恋”の、万葉集の時代の表記らしく。
作中にも、その万葉集の歌が出てきて、それが一つの、ストーリーの鍵になってます。(歌の意味は、後でちゃんと説明してくれますので、どうぞご心配なく。)
現代の東京を舞台にした、そういう、愛に至る以前の、孤独に誰かを希求するしかない感情の物語。
映画の最後に、「この物語はフィクションであり、――」という、お決まりの文章が表示されるのですが。
さらに、「物語に登場する公園は新宿御苑をモデルに描かれておりますが、実際には新宿御苑での飲酒は禁止されておりますことにご注意下さい。」と続きます。
そもそも映画を見てて、新宿御苑がモデルであることはなんとなく分かりますし、劇中にもでかでかと、「アルコールの持ち込み禁止」という立て看板が出てきます。
そんな庭園で、主人公が出会う女性は、朝から板チョコをおつまみに、缶ビールを飲んでいたわけで……(笑)。
けれどもそこは、架空の庭、想像の庭、言の葉の庭――。道に迷ってしまったり、歩き疲れてしまったり、人生において誰もが経験するそんな時に。
ちょっと雨宿りをして、「歩く練習」をして、そして再び歩み出せるような、そういう虚構の庭があったことで、主人公たちはずいぶん、救われたように思えました。
映画『言の葉の庭』(ことのはのにわ)は、TOHOシネマズほかの、全国劇場にて公開中。
本編は約46分、同時上映のショートムービー『だれかのまなざし』をあわせても、上映時間は1時間足らずで、気軽にさくっと見られます。入場料金は1,000円です。
さらに上映劇場では、サウンドトラックCD付きBlu-ray(6,090円)と、DVD(3,360円)も、先行発売中。一般店での発売は、ともに再来週、6月21日から。
また、劇場公開と同じく5月31日より、iTunes Storeでのダウンロード販売も開始しています。HD版は2,500円、SD版は2,000円。いずれかの方法で、この機会に是非どうぞ。