『バレエ・メカニック』

『妖都』『ブラバン』などで知られる、津原泰水(つはら・やすみ)先生の作品。2009年発行。
津原先生と言えば、先週、6月17日に、新刊『11 eleven』が発売となっています。
そちらは最新書き下ろしを含む11編の作品集で、以前、『NOVA 2』の時に自分も感想を書いている、『五色の舟』も収録されているようです。
それでは話を戻して、以下、『バレエ・メカニック』の感想です。


(残りの22行、ネタバレあり)

沼澤千夏:「ここに小さな蛍がいます」――

本書は、『SFマガジン』2004年5、7月号掲載の第一章、同2005年1、2、8月号掲載の第二章に大幅な加筆訂正を施し、新たに第三章を書き下ろした作品、とのことです。
実際読んでみると、各章の趣はかなり異なっていて。特に第一章は、独立性が高いと言うか、やや異質な印象もあるのですが。
それでもともかく、この3つの章が、何らかの意味のある連なりだとして眺めてみると、ある主題が、少しずつ形を変えながら、繰り返されていることに気づきます。
この作品は、各章でそれぞれ、主人公が違います。
まず、第一章「バレエ・メカニック」の主人公は、現代美術界の寵児ともてはやされる、造形家。
ただし主人公と言っても文章がやや特殊で、「君」を主語にして、第二章の主人公から見た、彼の心情・体験が語られます。
夏のある日、都心からの帰路、信じがたい異常事態に遭遇した「君」は、その原因が、9年前から昏睡状態の、自分の娘にあると告げられる……、というのが、第一章。
続く第二章「貝殻と僧侶」の主人公は、第一章の造形家の、娘の主治医だった人物。
この章も主語が変わっていて、主人公は肉体的にも社会的にも男性ながら、ほとんどの場面で、〈彼女〉という主語でもって描写されます。
第一章の事件から3年後が主な舞台のこの章では、一転して現実感のある、世知辛いとすら表現できるような話が続きますが、終盤、予想外の展開を見せて……、第三章へ。
第三章「午前の幽霊」の主人公は、第一章の造形家の、スケッチのモデルを務めていた人物。
同じくこの章も主語が特徴的で、常時ネットワークを介して仲間とつながる主人公たちは、物理的には単独行動の時でも、常に「僕ら」と自称します。
舞台となるのは、VR(仮想現実)的・AR(拡張現実)的な技術が発展した、第二章からさらに40年ほど経過した、近未来。
謎の“旧世代人”に呼び出された「僕ら」は、彼から、ひどく突飛で壮大な依頼を持ちかけられるが……、と、またしても一転して、SF的な展開が――。

山岸外起夫:「悪いことでしょうか。どんな手段を使ってでも、死んだ人に会いたいと願うのは」
古暮蓮花:「悪くはない。でも愚かよ」

第二章、第三章も含めて、幻想的な作品でした、ということで、もちろん全然かまわないと思いますが。そこをあえて無理矢理に、現実に引き寄せて考えてみるならば。
これら3つのお話は、もしかしたら、第三章の主人公の、(それまでの経験を元に、無意識のうちに組み上げた)夢だったのかも知れません。
(お母さんが)「一度でも会いにきてくれたから、それでぜんぶよくなりました。」という記憶を抱えて生きてきた、“トキオ”という名の人物の。
特に第一章は、あまりにも現実から遊離していて、読んでて不安な気持ちにもなってきましたが。それも章の終わりで一応きちんと収束しますし、怖いお話ではありません。
不思議な、そしてとても切ない物語でした。最後はきっと、泣いちゃいますよ?